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名古屋地方裁判所 昭和41年(ワ)463号 判決

原告 井村半三郎

〈ほか一名〉

右原告両名訴訟代理人弁護士 加藤義則

福永滋

被告 豊田恭介

右訴訟代理人弁護士 野田底司

主文

被告は原告等に対して各金百万円およびこれに対する昭和四一年三月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告らの養子訴外亡井村悦夫(以下、訴外人と略記)は、訴外合同作業株式会社に雇われ港湾作業に従事していたものであるが、昭和四〇年一二月一三日午後八時一〇分頃、同僚であった被告と名古屋市港区港陽町六八五番地かもめ荘内において些細なことから口論となり、被告は憤激の余り突嗟に殺意をもって同所にあった文化包丁を握って訴外人の前頭部を突き刺し、よってその頃同人を左鎖骨下動脈刺切による失血により死亡せしめて殺害した。

二、訴外人は、右死亡当時、前記会社に雇われ船内作業員として日給平均一、九〇〇円の給料を得ていたものであり、少なくとも毎月二五日間は勤務していたから一ヶ月四七、五〇〇円の収入があった。右収入より同人の生活資金一七、五〇〇円を控除すると一ヶ月三〇、〇〇〇円が純収入となる。ところで、同人は昭和二一年三月八日生れであり健康に恵まれていたものであるから右死亡当時なお少なくとも四九年の余命を有し、稼働年数は統計上少なくともそのうち四四年に達する。従って、四四年間は少なくとも一ヵ月三〇、〇〇〇円(一ヵ年三六〇、〇〇〇円)の得べかりし純益を認めることができるので、これをホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除し右死亡当時の一時支払額を算定すると八、二五二、二八〇円となる。原告等は訴外人の養父母として右損害賠償請求権を相続承継したものである。

三、原告等は、訴外人の非業の死に遭い、ようやく成長した同人に抱いてきた期待と希望を奪われ甚大な精神的苦痛を蒙った。これを慰藉するのに金銭をもってすれば少なくとも各五〇〇、〇〇〇円を相当とする。

四、よって、原告等は被告に対し右損害金等合計九、二五二、二八〇円の内金として二、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四一年三月二日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求めるため本訴提起に及んだものである。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「請求原因第一項中、原告主張の日時、被告が訴外人と喧嘩闘争し、その結果訴外人が死亡したことは認めるが、その他は否認する。第二、第三項はいずれも不知。第四項は争う。」と述べ、予備的抗弁として、「仮に被告が訴外人を殺害したものであるとするも、それは訴外人が突然文化包丁をもって無手無防備の被告をめがけて突刺してきたので、被告はこれを避けるため同包丁を奪い取り自己の生命身体を防衛するために、やむことを得ずして行なった加害行為であり、従って、訴外人の死に対し損害賠償の責を負う理由はない。被告の行為は訴外人の前記のような誘発に基き生じたものであるから仮に被告に責があるとしても訴外人にも重過失があり、損害賠償の額を定めるにつき斟酌さるべきものである。」と述べた。

≪証拠関係省略≫

理由

一、≪証拠省略≫を綜合すると、原告らの養子訴外井村悦夫は昭和四〇年一二月一三日午后八時一〇分頃、名古屋市港区港陽町六八五番地かもめ荘内一室において被告と些細なことから口論をなし、被告が庖丁をもって同訴外人の前頸部を突き刺し、同人に左鎖骨下動脈刺切創の傷害を負わせ、同創よりの失血により死亡するにいたらしめた事実を認めることができる。

二、被告は右行為は正当防衛であると主張するので考えるに、前掲各証拠を綜合すると、本件事故直前訴外人と被告とは些細なことから口論をなし、訴外人が同室内にあった庖丁を握り被告に対し之を向けて突きかかったので、被告において之を両手で取りあげ咄嗟に同人の前頸部を突き刺した事実が認められる。右事実よりすれば訴外人の行為は被告の生命身体に対する急迫不正な侵害ということができるが、一方被告はその直后同人より庖丁を取りあげ、一旦危機を脱したのであり、仮に同人が更に攻撃を続けてきたとしても之を押えつけるとか逃走することが不可能であったものとは認められず、まして右庖丁をもって同人の頸部を突き刺すことが止むを得なかったという状態とは認めがたく、明らかに過剰防衛行為であって、被告の右主張は採用できない。

三、よって損害額について考えるに、≪証拠省略≫を綜合すると、訴外人は本件事故当時訴外合同作業株式会社に勤務し、船内作業員として日給平均一、九〇〇円余を得、毎月少くとも二五日間勤務し年間五七万円以上の収入を得ていたこと、当時年齢一八才で健康であり、他に特別の事情の認められない以上、その余命は五〇年余(第一〇回生命表による)であり、経験則上なお四〇年以上同業を継続しうるものと認められ、その間の総収入は二二八〇万円となるところ、他に特別の事情の認められない本件にあっては同人の生活費は多くともその五割以内と考えられるから、之を控除し、且つその額にホフマン式計算法(複利、年間)により年五分の中間利息を控除すると金六、一六八、一四一円が訴外人の死亡当時の得べかりし利益額となる。しかして、本件事故について被害者たる訴外人においては前記二、記載のような急迫不正な行為があり之が本件事故発生の大きな要因となっており、その過失は重大であるから之を充分斟酌し、被告が賠償すべき損害額を金三〇〇万円とするを相当と考える。そして原告らは訴外人の相続人として夫々右金額の二分一宛各金一五〇万円の損害賠償請求権を相続したものである。

三、原告らの慰藉料請求について考えるに、≪証拠省略≫によると、原告半三郎は当時七〇才原告こまつは六三才であり、訴外人が死亡に至る迄一般の愛情をもって養育し、同人の将来に一般人が持つであろう程度の期待を持ち、その死により相当の精神的苦痛を受けていることが認められ、また一方原告らには女子四名、長男一名がおり、当時より長男により扶養されていたこと、被害者たる訴外人に相当程度の過失がある等諸般の事情を考慮すれば、原告らの精神的苦痛は各金三〇万円をもって慰藉せらるべきものと考える。

四、以上の次第で原告らは被告に対し各自金一八〇万円の損害賠償請求権を有するから、右全額の範囲内である各自金一〇〇万円及び之に対する本訴状送達の翌日であることが本件記録上明白な昭和四一年三月二日から右支払済に至る迄民事法定利率による遅延損害金の支払を求める本訴各請求は理由があるので全て之を認容し、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 浅野達男)

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